最近の作品はいろんな人に配慮しすぎ?
Thursday 19:00
漫画家のゲズンタイトさんが「せっかくの有力なコンテンツをもっと大事にしてほしいです」という思いで描かれた漫画が話題になっています。
編集者さんから「ここだけ抜き出して拡散されたら問題になるかもしれないでしょう」「うちの会社が差別しているということになりかねない」と掲載を認められず。
ゲズンタイトさんはこれに対して「業界全体の話として最近の配慮は行き過ぎている」「こんなことを続けていたら物語なんて作れなくなる」「いい作品というのは心に矢のように刺さり傷跡を残し、人生を変えてしまう作品だと思うからです。」と最後のコマで伝えられています。
どうやら勘違いされている方がいるようなので補足しますが、僕は編集の方を責めている訳ではありません。
むしろ編集の方は漫画家と同じスタンスこのことが多いですよ。
こういうOKNGを決めるのは出版社の別な部署のようで、クレームに異様に怯えすぎな今の社会全体が不健康だと言いたいのです。
— ゲズンタイト@この漫画がすごい! (@gesundheit444) 2018年1月31日
補足として「こういうOKNGを決めるのは出版社の別な部署のようで、クレームに異様に怯えすぎな今の社会全体が不健康だと言いたいのです。」とツイートされています。
最近の作品は配慮しすぎ?
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まじでどの業界もこれ
でも仕方ない、でる釘が打たれすぎる世界になってしまったから…
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フィルタリングは読者側でするでしょう。読者を信用できなくなってるってことなんですかね。それとも読者は敵? 自分で判断できない愚者?
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表現に求められる配慮がいきすぎてる件、概ね同意するけど、誰かを傷つける(ような)表現をするからには、「この表現の仕方じゃないと表せないものなんです」って必然性がないとダメなような気もする。そうじゃない、単に奇抜さを狙っただけの表現は見てて気分悪いわ
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ほとんどの人間は広い意味でどうでもいいと思っているのに、ごくごく一部が悪意を持って、やれ差別だ不愉快だってそれにまともに取り合って下げてたらこの世は一部の文句言ったもん勝ちの世界になっちまう。少数の意見は時として一滴の猛毒で入れ物の水全てを汚染して飲めなくしてしまう。
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いつか本当に有川浩さんの図書館戦争のような、言葉が取り締まられ、書籍が検閲するような社会になりそうで…
言葉単体ではなく、ストーリー全体をみて判断していただきたいものです。 -
漫画に限らず、なんでもかんでもクレーマーに合わせると、他の人が不便な思いをすることもある
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そういった過剰な配慮が表現の幅を狭めていくんですよね。
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「バクマン」の福田慎太先生も同じような事言っていました。
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過剰な配慮の行き着く先は娯楽の死。実際今も窮屈な社会。誰にとっての理想社会?
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本当にこれ大切
作った作品が100%合わない人の事なんて考えてられっかよ
BLや百合嫌いな人がBL・百合本読んで文句言ってるようなもの -
今、必要なのは文句言うだけで改善案を出せない人達をスルーして隔離することだと思う。
文句を言うことを正義だと思ってるけど、注目を受けてかまってほしいだけだもの。コンテンツを衰退させるのはこーゆー人達です。 -
「トゲ」や「毒」に対してあまりにも過敏になりすぎている日本のコンテンツ業界。アメリカがアメコミな画風以外なくなってしまうように、日本でも毒のない平坦でゆるやかなコンテンツしか生まれなくなる危険性は危惧して然りよね。
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今はインターネットあるし、全世界のありとあらゆる人達に配慮しないといけないのだー
世知辛いのじゃー
ほんと最近クレームを恐れすぎ。
それもこれも、上の人間にコンテンツに対する信念のようなものが無くなってきているからだと思う。
クレーム対処は「法律・倫理」によるものと限定すべきだわ
企業がモンクレを甘やかしてきた結果がこれ
海外はとっくに対応してる
繊細ヤクザとか他人の喧嘩に割り込む人も多いしね…
というか、どんなものでも切り取り方や印象の操作によって善にも悪にもなることをみんな理解したほうがいいと思うよ
ソーシャルリテラシーは義務教育にがんがん入れるべき
ワイドショーしかりゴシップ誌しかり、何でもいいから悪口言いたい人間なんて残念ながら多い。
叩きたいだけの悪意のある人の意見を鵜呑みにして拡散する人にも問題があると思う。
炎上商法って言葉がメジャーになってしまったように、声の大きい人や目立つ人が得をする世の中になっているのは本当に残念。
わかる。漫画に限らず過敏すぎる。
文句言う人はだいたい一部なんだから、表現の自由を全うさせてほしい。なんでもいいから粗探ししてクレーム言いたいって人もいるし。
、、、とか言うと、「一部でも苦しんでる人がいるんです!」とか「マイノリティは無視されんのか!」とか言われそうだけど。
図書館戦争の世界になって来ちゃってるなぁ…。
今の時代はこの作品のココが好きという声より、この作品のドコソコが悪い!と発言するクレーマーの声の方が大きいんだよ。
インターネットで便利な時代になったけど、色んなツールがある分そういう感想を拾いやすいってのもある。難しい問題ですね。
今やマイノリティ擁護を過剰に強調してるけど、マイノリティがいてもいいということはマジョリティもいていいということ。批判して消そうとするのではなく、自分の糧にする姿勢っていうのも大事だと思う
ただの意見であっていろんな人間の千差万別な感想って事で受け止めてたら良いと思う
クレーマーが居るくらい注目されてる作品なら仕方のない事
ポジティブに考えるべき必然性だと思う。
作品の質を下げて別の内容に書き換えるのを、恐れた方がいいと思う。
実際のところ企業もクリエイターもクレームに対する毅然とした説明が出来ないから起業が自粛一辺倒になるのが実情ではないかな
商業ベースのエンタメである以上 作家は企業の自粛のフィルターに守られているわけで…
表現した内容に作家個人で責任とリスクは負う覚悟がある人はどれだけいるのかなと思う
マイノリティ関係あんのかな
本当にどうでもいい事で規制されてるけど
やり過ぎは不味いけど一次創作にある程度の規制は必要として、趣味の二次創作にさえ規制を強要する人が増えてるのもかなり問題よね。
地雷の人に配慮してください!とかホントクソ。
配慮厨に限って楽しんでいる人達の水差す真似して配慮しないんだよね。自分の不快をがなれば周囲はどうにかするのが当然とばかりに喚く幼稚な人が増えてて半島化してるなぁって思う。
配慮は行きすぎると排除に聞こえる
100人中99人が問題ない・特に気にしていない出来事でも1人が大声を上げたらその意見が通ってしまう世の中。
正直もう何を言おうが何をやろうが批判する人はいるんだから企業側も批判に対してもっと毅然とした態度でいてほしい。
作家さんが「美人」と書いたら編集者に「差別用語」として
停められたという話を見ました。え、それってもうどんな表現すれば?
って首を傾げました。表現の自由がどんどん狭くなってるね
優しくて健全な漫画も好きだけど、そればっかりじゃ逆に不健康だよね
なにごともバランス
過激な作品も優等生な作品もレイシストもリベラリストもどっちもなきゃだめだよ
>レイシスト”も”
お前はただの屑
ほらこういう人がいるからポリコレ棒という言葉ができちゃうんだよ
不寛容な人への不寛容というブーメランなの、気付いてる?
例えば同性愛についても、当事者の他に、それを好意的に受け入れる価値観があるように受け入れられないという価値観もまた認められなきゃいけないんだよ
それが真の多様性
会社側も気にしすぎだと思うけど読者側も過敏になり過ぎだと思う。自分に合わないなーと思えば読まなきゃ良いだけなのに勝手な正義感振りかざして叩く人が増えた。
そういえば昔、手塚治のMWが実写化された時にアホなスポンサーの意向で同性愛の要素がオミットされたけど、今やったら大問題になりそうな
ポリティカルコレクトは何故大事な時に作用しないのか
現代のポリコレは”自分の気に入らない表現を規制するための道具”にされてしまったのです
配慮はいきすぎているけれど、
最近SNSやこのような掲示板で叩きたいがために抽象コメントをしまくるモラルの無い人間がないいることも事実だから、出版社の考えもわかる。
炎上なんてまさにそれで、当事者でもない人たちが乗っかって誹謗中傷をコメントをしてるし…。
ほんとそれ
そういう人間には関わらないのが1番だけど、無視したらそれでまた炎上するし、とにかく揉め事おこしたくないって気持ちはわかる
ネットの誹謗中傷で情報開示して賠償請求になった例が出てきていて今後も増えるかもってこと、もっと広めた方がいいと思うな
誰にとは言わないけど
むしろ今までが配慮無さすぎたんでしょ
君らが好きな人気作品だって、
「この表現明らかに差別なのによくこれ誰からも文句出ないな」っていうの沢山あるし
(そしてこのコメ、どうせマイナス押されまくるんだろうな)
アナ雪やスターウォーズの新作が世界的にヒットしてるのは「いろんな人」に配慮した結果なんだけどな。
ポリコレ無視して作品作ってももう売れない。人権や多様性を尊重しても面白いものはいくらでも作れるって
日本以外の国の作品が実証していってる。
漫画に限らずバラエティもだよねぇ。変な世の中になっちまったなぁ。
戦時中のドラマでよくあるけど外来語禁止も始めたのは民間だからね
風潮がルールを作った(お隣組)
なのに戦後の創作物では「国が規制した」と印象操作してる
これも後の時代に「表現規制は国の介入があった」と歴史捏造されそうで危惧している
検閲は有ったよ。引っかかると回収や切り取りで対応しなきゃいけなかったため、事前に自主規制する出版社ばかりになった。それをもって「自主規制だった!」というのもまた不当。河出書房の「検閲と文学」だったかな?詳しく記述した本もあるよ
規制や配慮する側が問題じゃなくて、過剰に反応してクレームしたり、それに便乗して「傷ついた!」と騒ぐ側だと思うんだよね。
「不買い運動します!」とかさ。
でも私も昔バラエティ番組のせいで変なあだ名つけられたり壮絶ないじめに遭ったことがあるから配慮が必要って気持ちも分かる
ただテレビは不特定多数多数の人が見るから配慮も仕方ないとして、漫画は好きな人だけが読むのが普通の閉じられた世界だから、ある程度表現の規制は緩くていいと思う
例にはいかにも馬鹿な話を持ってきてるがどうせ最終的に言いたいことはロリコンオタク男に都合のいいことだろ
そう言った配慮を最大限に行い、分かりやすく不快な敵を打ち倒し、主人公は称賛だけを浴び、女の子は主人公だけを愛してハーレムを形成する、なろう系が流行るわけだ
いや、むしろ今の子にとってはなろう系だけが唯一安心して触れることが出来るコンテンツなのか?
人の気持ちを考えて何も言わなくなるのって結局その本人の気持ちはずっとわからないままじゃん。嫌だなと思った時に嫌だと言うのも大事だから、それは言っていいと思う。でも、言う方も言われた方もそれが無くなればいいって短絡的に考えないで欲しい。そこから対話することで世の中は良くなっていくと思うから。全部が良くはならなくても、そうやって一進一退することが成長だと思う。短絡的にぶった切ることは、絶対成長に繋がらないし、むしろ退化していくと思う。
要求を跳ね除けられたクレーマーが大人しく引き下がるわけないもんな。
クレーマーは尾ひれはひれをつけてネットに拡散して
それが露骨な扇動コメントにもかかわらず「自称・正義の市民」たちが騒ぎ出して大炎上。
そこにマスメディアが乗っかったらもう目も当てられない。
炎上騒ぎの落とし前を絵描き一人の首を刎ねて終わるわけないし。
まあ、このご時世では過剰な自主規制は止むを得ないんじゃないの?
書き手もそこまでの信念があって書くつもりなら自費出版でもして出せばいいじゃん。
確かに拙い状況とは思うが、問題は文句を言う側よりもクリエイターを支える気概の無いサラリーマン編集者・自分が時には戦う仕事だと言う事を忘れた出版社社員ではないか。ここで怒ってる人たちも案件によっては出版社に「なんてものを載せるんだ!」と怒るかもしれないしなあ
オタク=表現の自由擁護者ってのも幻想だと思うしな
「ひぐらしのなく頃に」で自衛隊を悪役にしたら炎上した事が有るし…規制や過剰配慮に憤る人はいざ自分にとって許せない表現が現れた時冷静でいられるか?というのを常に自問自答しておくべきだと思う
自分がマジョリティ側のことで想像するとこれを自主規制することは悪に思える。しかし、自分の目がもし黄色く、多少なりとも現実世界にそのことへの差別的風潮があるとしたら、たとえ作中悪役キャラだとしても「目の黄色いやつは●せ」と大きなメディアで発言することに脅威を覚えると思うけどね。
「目の黄色い人間」に例えば現実の人種や宗教を代入したらこのコマのヤバさがわかると思うんだけど。
アドブロすり抜けて広告で無理やり漫画のシーン見せてこなきゃそれさえ無ければなんでもいいよもう